中日新聞・毎日新聞に掲載していただきました
8月14日中日新聞・毎日新聞に「流れる雲よ」の取り組みを掲載していただきました。
今回取材していただいたのは、翌8月15日の「終戦の日」に開催された「流れる雲よ」上映会についてです。
そして、この上映会を主催したのは大人でも企業でもありません。
高校生の佐々木来徳くんです。
中日新聞の記事では、来徳くんが作品を通じて特攻隊員の心情に触れ、同世代にも戦争について考えてほしいという想いから上映会を企画したことが紹介されました。
戦後80年以上が経ち、戦争を直接経験した方からお話を聞ける機会も少しずつ少なくなっています。
そんな今、高校生が自ら「伝えたい」と思ってくれたこと。
そのこと自体に大きな意味があると感じています。
一度の感動が、「伝える側」へと変えていく

来徳くんは、今年「流れる雲よ」を観てくれました。
そして作品から受け取ったものを自分の中だけで終わらせず、
「もっと多くの人に、この想いを届けたい」
と上映会を企画してくれました。
会場を決め、人に声をかけ、実際に上映会を開催する。
高校生がここまで行動することは、決して簡単なことではなかったと思います。
だからこそ僕が嬉しかったのは、上映会が開催されたことだけではありません。
「流れる雲よ」から受け取った想いを、今度は自分が誰かに届けようとする。
そんな来徳くんの姿に、感動の波が広がっていく瞬間を見せてもらった気がします。
感動は、受け取って終わりではない。
本当に心が動いたとき、人は「誰かにも伝えたい」と思う。
そして、その人の行動がまた別の誰かの心を動かしていく。
そんな連鎖が少しずつ生まれていることを感じました。
戦争を知らない私たちだからこそ

私たちの世代は、戦争を経験していません。
ましてや高校生にとって80年以上前の出来事は、教科書の中の歴史のように感じることもあると思います。
しかし、当時を生きていた特攻隊員たちも一人ひとりに家族がいて、大切な人がいて、夢がありました。
「流れる雲よ」が描いているのは、単なる戦争の物語ではありません。
当時を懸命に生きた若者たちの姿を通して、
「自分は何のために生きるのか」
「大切な人に、何を伝えたいのか」
「今、生きているこの命を、どう使うのか」
そんな問いを今を生きる僕たちに投げかけてくれる作品だと思っています。
だからこそ、戦争を知らない若い世代にも観てもらいたい。
そして、答えを教えるのではなく作品を観た一人ひとりが自分自身で感じ、考えてほしいと思っています。
新聞を通じて、さらに多くの方へ

今回、その来徳くんの想いを中日新聞様、毎日新聞様に取材していただき記事として届けてくださいました。
一人の高校生が作品を観て、心が動き
「誰かに伝えたい」と上映会を開催する。
その姿を新聞社の方が取材してくださり、今度は新聞を通して、さらに多くの方へ想いが届いていく。
一人からまた一人へ
一つの感動からまた次の感動へ
こうやって想いは広がっていくのだと思います。
来徳くん、本当にありがとうございました。
そして、この取り組みを大切に取り上げてくださった中日新聞様、毎日新聞様、本当にありがとうございました。
そして次は、岐阜・名古屋の劇場へ
そして、この「感動の波」をここで終わらせたくありません。
舞台「流れる雲よ」が、岐阜・名古屋で本公演を迎えます。
上映会でも作品の想いは伝わります。
しかし、本公演には舞台だからこそ伝わるものがあります。
目の前に立つ役者たちの声。
表情。
息遣い。
会場を包む空気。
そして、まるで当時の若者たちが目の前で生きているかのような魂のこもった演技。
画面越しではなく、同じ空間で物語を体感することで、心に届くものがあります。
今回の記事をきっかけに初めて「流れる雲よ」を知ってくださった方にも上映会で作品を知ってくださった方にもぜひ一度本公演を観ていただきたいです。
戦争について考えるためだけではありません。
今ある命について。
大切な人について。
そして、自分自身の人生について。
劇場を出るとき、いつもの景色や大切な人の存在が少し違って見えるかもしれません。
80年以上前を生きた若者たちの想いが、高校生の来徳くんへ。
来徳くんから上映会に来てくださった皆さんへ。
そして次は、岐阜・名古屋の劇場からさらに多くの人へ。
感動は、人から人へ
そして、世代から世代へ
ぜひ岐阜・名古屋本公演で、
「流れる雲よ」の世界を体感してください。
劇場で、お待ちしています。
